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美術散歩

「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」展に行く

TEXT 菅原義之


同美術展フライヤー表面


同美術展フライヤー裏面



 東京都現代美術館で開催中の「ネオ・トロピカリア:ブラジルの魅力」展(10/22〜1/12)に行った。27組のアーティスト、クリエーターからなる作品展だった。ブラジルの作品は見る機会が少なくほとんど知らなかった。何か新しい発見があるかもしれない。こんな気持ちで見た。その後、ワンダーサイト渋谷で開催のヴィック・ムニーズの「ビューティフル・アース」展にも行ってみた。都現美で見たより作品数が多く広範囲にわたりムニーズのコンセプトを知ることができた。

 今この2箇所以外にもあちこちでブラジルに関する展覧会をやっている。ブラジル移民の開始からちょうど100周年。これを記念して「日本ブラジル交流年」としていろいろな催しが行われているようだ。
 ブラジルといえば思い出されるのはサッカーだろう。日本でも多くの選手が活躍している。また、日本人の移民でも有名だが、現在ブラジルに暮らす日系人は約150万人だそうである。熱狂的カーニバルがあることでも知られている。そしてブラジルは大国である。この美術展の配布資料の中にブラジルに関する情報が掲載されていた。いくつか興味ある部分を抜き出すと首都はブラジリア、人口約1億8000万人(世界第5位)、面積日本の約23倍、日本からの距離約18000km(地球の約半周分)だそうである。ちなみに日本の人口は約1億3000万人、世界第10位だ。

 この美術展のタイトルにある「トロピカリア」とはどんなことか。説明によると「ブラジルで60年代に欧米文化から脱し、独自の文化の創造を目指し『熱帯に住む者の文化のオリジナリティ』をうたったトロピカリアという芸術運動が興りました。」とのこと。ここにはブラジル固有の文化創出を目指す思想である『食人主義』がベースになっているようだ。具体的には「幾何学的な視覚言語を援用しつつ、身体性、感性や主観、観客の参加性を重視し、・・・映画、音楽、アートなどを巻き込む運動」であるという。エリオ・オイチシカはその中心人物だ。後世に与えた影響は大きいとのこと。残念ながらオイチシカは知らなかった。夭折したからかもしれない。知っていたのはエルネスト・ネトだけだった。ベアトリス・ミリャーゼス、アナ・マリア・タヴァレス、アシューム・ヴィヴィッド・アストロ・フォーカス(avaf)の作品は見ていたが、ブラジルのアーティストだとは知らなかった。今回この美術展を見て縁遠かったブラジルのアートについて親しみと理解が進んだ。

 作品をみてみよう。
 入って何点目かにエリオ・オイチシカ(1937〜1980)の作品がいくつもあった。この人は当美術展チラシにも出てくるが、ブラジルの現代アート界では重要人物だろう。広い展示室に入るとサンバ・ダンサーのために特別に制作したカラフルなケープ(パランゴレ)のレプリカが5〜6点展示され、その脇にヘッドホーンがつるされていた。このヘッドホーンとケープを身につけて音楽に合わせて好きなように踊ってくださいである。流れるサンバはリズミカルでひとりでに体が動く。踊りたくなる。「踊れば踊れるなー」と思いつつ恥ずかしくてその気になれなかった。説明を見ると「着てみる絵画_彫刻」とあった。ここれをまとって踊ればさぞ楽しいだろう。動く彫刻とは言い得て妙だ。トロピカリア運動の持つ『身体性』、『観客の参加性』がそのまま表現されていた。


 ベアトリス・ミリャーゼス
 《マラコロウコ》
 2008年
 美術館前広場より
 
 ベアトリス・ミリャーゼス(1960〜)である。美術館に近づくと大きな作品が目に付いた。それは美術館外部、入口左の広場に展示されていた。見る人の心を躍らせる明るい『幾何学模様』のミリャーゼスの作品だった(図参照)。また、展示室には平面作品《メガ・ボックス》がポツンと1点だけ展示されていた。これも色彩が鮮明な『幾何学模様』を取り入れた絵画である。かなり目立つ。よく見るとコラージュだろう。カラフルな色彩が重畳的に配置されている。この人の作品は金沢21世紀美術館のグランドオープニング展で見ていた。そのときはややどぎつい色彩の作品だと思ったが、今回その見事さが格別に思えた。以前印象に残っていたアーティストに再開できたためか。あるいは周りの作品に対してきわめて目立つ存在だったからか。心を躍らせる(『身体性』、『観客の参加性』)すばらしい作品だった。

 
     リジア・パペ(1927〜2004)の作品は暗い部屋に入ると、案内嬢がこの周りで見てくださいと言う。目がなれるとすぐにわかった。天井から床に光が当たり金色の細い糸が天井から床に斜めにいく筋も引かれている。本数は大変なものだろう。聞くと「1本の糸です」である。1本の糸を天井から床まで何往復もしたものだろう。等間隔に引かれている糸は想像できないほどの数である。糸の束が立体的に見える。しかも2箇所にしつらえられ、中途でX状に糸同士が交差している。糸の束の交差するところに光が当たり見事な『幾何学模様』を呈している。目を奪われた。ブラジルの作家にはこんな人もいるんだと制作の幅の広さに感心した。

 アシューム・ヴィヴィッド・アストロ・フォーカス(avaf)の作品である。展示室に入るとすぐに案内嬢が室内説明の上ヘッドホーンを貸してくれた。音楽を聴きながら壁面一面のカラフルな絵画と映像を見る作品である。床には厚い布団のようなものが置かれそこに座って音楽を聴きながら周囲を見る。音楽の発信装置が部屋の中にいくつも置かれ、その正面に立つとリズミカルな心地よい音楽が流れ、それ以外では聞き取れない。また装置によって音楽が異なる。好きなところに座って好きな音楽を聴くことができる。室内空間をとっぷり楽しむ作品だろう。『身体性』、『観客の参加性』の特徴がここにもみられた。周りの絵画はカラフルでサイケ調。どぎついが強烈なインパクトを与える。以前この美術館で開催したfuture展でavafの作品を見たが、カラフルなサイケ調の2階建てバラックだった。これも遊び心をもったすばらしい作品に思えたが、今回の作品もさすがavafと思わせるもの。しばし音楽とアートの世界に浸ることができた。

 エルネスト・ネト(1964〜)の作品はこれまでも見ていた。以前この美術館で行われたspace for your future展でもネトは参加していた。今回は地階から吹き抜けの巨大空間の中に巨大作品の展示だ。丸くてやわらかい女性の薄い靴下のような素材に砂、発泡スチロール製ビーズ?そば殻などを入れた巨大な袋状のものがいくつも天井からつるされている。色はアイボリーだろうか一色だ。巨大な袋が絡み合ったり、たわんだり、孤立したりして巨大な空間を異様に埋め尽くしている。一種のソフトな彫刻作品だろう。不思議な光景をもたらしていた。床には硬くて厚い変形の布団のようなものがいつくも置かれ、これに座ったり、寝転んだりして天井を眺めることができる。寝転んでしばし作品を眺めた。すごい迫力である。『鑑賞者参加型』、『体感する』などトロピカリアの特徴をそのまま表現しているかのようだった。

 ヴィック・ムニーズ(1961〜)が出会った子供たちを砂糖で描き、それを写真に撮った作品が何点も展示されていた。描く素材が砂糖なので茶系一色だ。これだけではムニーズのコンセプトがわからなかった。その後ワンダーサイト渋谷で「ヴィック・ムニーズ展」を見た。着色した砂で床上?に描いたピカソの絵画《泣く女》 ほか2点を上から撮った写真、ゴミを使って描いた大きな絵画を上から写真に撮ったもの、また地上絵を描いてこれも写真に撮るなど作品の元になる絵画をいろいろな素材を使って描き、写真に撮る。砂糖、顔料、ゴミほかいろいろな素材を使うことで人の持つ『視覚、味覚、臭覚などの感性』を刺激するなど彼の独創性は見るべきものがある。美術史上の有名絵画を彼独自の方法で取り上げてもいる。ピカソの作品などはその典型例だろう。一種のアプロプリエーション作品だ。面白い。また、ブラジルの隣国ペルーの「ナスカの地上絵」は有名だが、他の文化を積極的に取り入れようとする『食人主義』思想が反映されているように思えた。

 ルイ・オオタケ(1938〜)の写真作品である。建築家オオタケはサンパウロのスラム街の家並みを変容する。つまり色彩感覚を駆使してスラム街をきれいな建物に塗りなおし、そこに暮らす人々に希望を与えようとする。《Group of original dwellings, before the work》、《Group of dwellings after the work》の2点が展示されていた。古いスラム街当時の写真と、塗り替え後見違えるように変わったカラフルな写真との比較展示である。建築家の見地から『身体性』、『感性』に触れる心を醸成させたいとの献身的な思いがあるのかもしれない。アートが実生活に役立つすばらしい発想だった。

 アナ・マリア・タヴァレス(1958〜)の不思議な映像作品である。大きな部屋に入ると左右に大画面の映像が流れていた。薄暗い中に映るのは金属製網目の階段など高所構築物に身を置いているような映像である。網目の間から下の様子がわかる。手すりのない網状の階段だろうか。危険さえ感ずる。映像はゆっくり流れている。金属製構築物だけで実際にはありえない画面が構成されているのか。不思議な空間を体験しているように思えた。

 全体としてブラジルアートは積極的、能動的ともいえる食人主義をベースにした「トロピカリア」という芸術運動がいろいろな形で展開されているのがわかった。これこそがブラジルアートの特徴だろう。具体的にはエリオ・オイチシカ、ベアトリス・ミリャーゼス、アシューム・ヴィヴィッド・アストロ・フォーカス(avaf)、ルイ・オオタケなど感性に訴える色彩表現を作品の中にもたらしていたし、オイチシカ、avafの作品にあるサンバの音楽効果も同様であろう。また、ヴィック・ムニーズもいろいろな素材を使って人の感性に触れる作品を制作するなども同様であろう。このほかには、リジア・パペ、アナ・マリア・タヴァレスのように色彩、音楽よりむしろ幾何学模様を通して視覚に訴えるすばらしい作品を提示していた。
 ブラジルの現代アートが欧米の文化から脱して、独自の世界を築き上げていることがわかり、見逃しがちだったこの国にも新しい波が押し寄せていることを痛感した。ブラジル展としてまとめて見ることができ大いに参考になった。


 
   
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社勤務、退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室作品ガイド)を行う。

ウエブサイト ART.WALKING

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。

 

 

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