topcolumns[美術散歩]
美術散歩

《渋澤龍彦―幻想美術館》展

TEXT 菅原義之

 埼玉県立近代美術館で《渋澤龍彦―幻想美術館》展が開催された。《シュルリアリスム展》に続く開催である。この美術展も楽しみだった。両美術展を通してシュルレアリスムをいろいろな角度から見ることができた。

 渋澤龍彦(1928〜1987)といえば作家・批評家・仏文学者であり、美術エッセーでも知られている。彼のエッセー(《幻想の画廊から》、《幻想の彼方へ》いずれも河出文庫)を読むと独特のシュルレアリスム論が展開されていて面白いし参考になる。シュルレアリスムというと美術史上では、エルンスト、マグリット、デルボー、ミロ、ダリなどが挙げられているが、渋澤の場合はそれに留まらなかった。ルネッサンス期から20世紀までそれも日本の画家を含めてであり、この美術展もかなり広範囲の展示だった。

 巌谷国士の著書に《シュルレアリスムとは何か》(ちくま学芸文庫)がある。この本によると、(「」内、巌谷国士の著書から)
 「・・・、便宜上大きく分けると、シュルレアリスムの美術は二つの道をとるようになります。・・・『自動デッサン』の流れがひとつ。そして、デュシャン、エルンスト以来ひろがっていったもうひとつの流れに、『デペイズマン』の方向があるでしょう。・・・」(注)
 「・・オートマティックなデッサンを日本で実行していったのが瀧口修造です。」
 「渋澤さんは1950年代からシュルレアリスムを盛んに称揚するようになっていたわけで、・・・、瀧口さんのようなオートマティスムを核心とする『シュルレアリスム』とはちがう、『デペイズマン』経由のシュルレアリスムです。」
 「瀧口修造のほうは、特にジョアン・ミロを中心に彼のシュルレアリスム美術論を展開していきました。」
「渋澤さんは、シュルレアリスムの美術をかなり広範囲に捉えていて、・・・彼の取り上げた画家を見ると、ミロには一言も触れていないし、1960年代にはデュシャンのことも、マン・レイのことも語っていない。渋澤さんは、見て何なのかすぐに分かるいわゆる具象的な絵しか取り上げなかったともいえます。」


 このように渋澤龍彦のシュルレアリスム論は、「デペイズマン」を基調とするもので、この見地から、かなり広範囲に捉えていた。ここに渋澤龍彦の考え方の特徴があるといえるだろう。

 この2月から3月にかけて埼玉県立近代美術館で開催された《シュルレアリスム展》ではマグリットとミロを別々に展示していたが、シュルレアリスムの二つの違いをわかりやすく示していたとみることもできる。マグリットを「夢の遠近法」のコーナーに、ミロを「無垢なるイメージを求めて」に展示し、マグリットは「デペイズマン」の典型的な作家として、ミロは「自動記述」の代表として展示したのだろう。

 今回の《渋澤龍彦―幻想美術館》展では渋澤龍彦の視点で見た多くの画家を挙げていた。
デューラー、ブリューゲル、アンチボルトからデルボー、マグリット、ダリに至るまで、日本の画家では、伊藤若冲、葛飾北斎、酒井抱一、河辺曉済から細江英公、中西夏之、池田満寿夫、横尾忠則など。そしてこの理由は彼の美術エッセーが端的に物語っている。
 渋澤のエッセー《幻想の画廊から》、《幻想の彼方へ》から核心部分を拾ってみよう。(「」内、渋澤龍彦の著書から)

1.《幻想の画廊から》
 「シュルレアリストたちは、細部の平俗を恐れなかった。博物学の挿絵や広告写真のような平俗なトリヴィアリズムを恐れなかった。なぜかといえば、私たちを最も不安にするものは、神の行うような無からの創造ではなく、かえって既知のものの上に加えられた一つの変形、一つの歪曲であるということを、彼らは本能的に知っていたからである。シュルレアリスムの最大の功績は、不安の美学の発見であろう。私たちにとって馴染み深い物体が、思いもかけない一つの構図のなかに配置されてあるとき、その全体のヴィジョンが、衝撃的に私たちの不安の情緒に訴えるという美学上の原則は、かくべつ新しいものではない。ただ、シュルレアリストが始めてこれを十分に活用した、というだけのことだ。
 この美学上の原則は、別の言葉でいえばマニエリスムということである。ともすると、人はマニエリスムを美学上の衰退現象として蔑視してきた。しかし、私はそうは思わない。細部の平俗さは、全体のヴィジョンの与える情緒的衝撃によって相殺される。いや、むしろそれによって、ヴィジョンの質的転換を成就するのだ。二十世紀のマニエリスムである超現実主義は、新しい絵画的空間に対する探究心の欠如によって、何らその価値を失するものではない、と重ねて言い添えておこう。」

 前半部分で「不安の美学の発見」と言っているが、これはいわゆる「デペイズマン」について記しているのだろう。ここが渋澤の最も言いたいことだったのではないか。後半部分はマニエリスムについての渋澤の見解表明であり、一般にルネッサンス期(盛期ルネッサンス)に続くマニエリスム期(ルネッサンス後期)は美術史上では評価されていない時代だと考えられていた。それを渋澤は異なる見解を提示し評価した。美術史を単線的に見るのではなく、美術史上を自由自在に駆け巡るがごとく幅広く内容中心に見た人物ではなかったか。渋沢の見解を通して美術史の見方、美術作品の見方が全く変わったということができる。興味あるまた参考になる見解だった。

2.《幻想の彼方へ》
 「セザンヌ以後の近代絵画の主流に属する画家たちは、ピカソから抽象表現主義の戦後派作家にいたるまで、すべて新しい絵画空間の創造に努力を集中し、造形的関心をなによりも優先させてきたが、ただシュルレアリストだけは、そのなかにあって例外的な立場を守っていた、と私は考える。・・・シュルレアリストたちは、新しい絵画空間の創造にはなんら寄与せず、ただ既知の絵画空間的世界の現象や物体の序列を狂わせるということ、すなわち・・・『デペイズマン』の理念のみを忠実に守ったのである。進歩的歴史観に対応する近代絵画の正統的な空間意識の探求を拒否し、造形至上主義的な一切のメチエをみずから抛棄して、彼らは古くてしかも新しい、自然の永遠のヴィジョンがあたえる情緒的効果をもっぱら大事にしたのであった。芸術上の古さと新しさとの区別を認めていなかったからこそ、ブルトンのいわゆる『ウッチェロはシュルレアリストである』とか『アルチンボルドはシュルレアリストである』とかいった、年代記的な歴史観をしりぞけた、独特の美術史の再編成がシュルレアリスムにおいて初めて可能となったのだ。言葉を換えれば、このことは、思想によって美術の歴史を再編するということにほかならず、シュルレアリスムはたしかに、ひとつの思想運動だったのであり、シュルレアリスム以外の二十世紀のどの流派にも、このような全体的な人間回復の志向は読みとれないのである。」

 ここではシュルレアリストたちは「造形至上主義的な一切のメチエをみずから抛棄して、情緒的効果をもっぱら大事にした」と記したうえで、彼は古さ新しさを超えて内容から見ると独特の美術史の再編成が可能となるとの見解を述べている。面白いしかも説得力のある見方だ。

 話は変わるが2004年の1月から2月にかけて東京国立近代美術館で《痕跡》という美術展が開催された。これも面白かった。これは20世紀後半のわかりにくいコンセプチュアルな作品展だった。美術史上の視点で見ると全く関係のないと思われる作品を別なくくりで見せるもので、同時代の作品でもくくり方を別にすることによって明らかに関連付けられる。
 また、過去の作品でも見方によっては現代の作品と関連付けられる。などを見解とする美術展だった。これは渋澤の見解と同様だと見ることもできるのではないか。もしかするとこの美術展も渋澤の見解がどこかで参考になったのかもしれない。わかりにくい作品をわかりやすく見せる工夫が読み取れ、いい美術展だった。
 あまり内容の充実した美術展だったので、以前PEELERに拙稿「面白い痕跡展の視点」を書いたが、ここでも渋澤龍彦の見解を活用させてもらった。

 《渋澤龍彦―幻想美術館》展開催に当たって、4月8日1時30分から「渋澤龍彦の日々」と題して「巌谷国士氏と渋澤龍子(渋澤龍彦夫人)氏の対談」があった。混雑が予想されたからだろう。当日10時から美術館で整理券を配布した。1時開場なのにである。10時15分には120名の整理券は全て配布終了したとのことだった。
 10時に美術館に行くと多くの人が入口に並んでいた。一瞬整理券がゲットできるか不安が過ぎった。57番で獲得できたのは幸運だった。対談の中から渋澤龍彦の人物像や考え方が“じわっと”わかるいい対談だった。渋澤龍彦の人気に驚いている。もし渋澤が短命でなかったなら新しい美術史ができていたかもしれないとも思う。

(注)下記アドレスをご参照ください。
http://www.art-museum.city.nagoya.jp/Artpaper/54/htm/sekkinhou.htm
http://allabout.co.jp/interest/art/closeup/CU20060205A/index3.htm



 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社勤務、退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室作品ガイド)を行う。

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。

 


topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.