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美術散歩

<点>と<網>

TEXT 菅原義之

 

 10月5日(水)は埼玉の近代美術館での私のガイド担当日だった。2時5分前に常設展示室に向かいながら今日は雨天だし、ウイークデーでもある。企画展もないし、お客様がどのくらいかナーと考えながら階段を下りて行った。
 こんな日はお客様の少ないことが多い。しかし担当者が作品説明後に書く日誌を見ると昨日までは毎日10人ほどのお客様が参加していたのだ。
 こんなことを考えながら常設展示室に入った。お客様2人が別々に入口近くで作品を鑑賞中だった。

 2時になりスタートのご挨拶をすると、そのうちの一人は奥のコーナーに行ってしまった。残ったのは60代の男性一人。館内のアナウンスでお集まりいただいた人のようだった。お客様は1人でも途中から増えことが多い。時間なのでスタートした。
 こんなときはお客様との対話方式で進め、お客様の関心度合いによって説明内容と時間を調整すればいいと考えながら進めた。

 どの作品を選択するか、私は次のように考えている。お客様が最も関心あると思われる作品(勝手に私が判断しているのだが)を選ぶことにしている。次は自分に関心ある作品を選ぶ。これが私の作品選択の基準である。

 第1コーナーは絵画作品が展示されていた。中央に印象派のピサロ、モネの作品、まずこの2点を選択。内容の説明と印象派の技法の特徴について話した。

 この日はどうしたことか、スタート後も加わるお客様はいなかった。お客様が一人なので、対話式が効果的だった。モネの『ジベルニーの積みわら、夕日』(1888〜1889)の前に立つとそのお客様は
 「ジベルニーには行ったことがある。パリからバスで40〜50分だった」
という。それほど絵画に詳しいようではないが、関心がある人のように思えた。一通りの話をしてこのコーナーを終えた。


瑛九「青の中の黄色い丸」(1957〜58)*画像はイメージです。

   次の第2コーナーは「キュレーターの視点―<点>と<網>」というタイトルである。
 <点>と<網>の関係を簡単に説明した後、<点>の作品として瑛九の『青の中の黄色い丸』(1957〜58)から始めた。瑛九の人物像を紹介した後、ところで
 「この作品どう思いますか」
と聞いた。案の定
 「これって抽象作品ですよね。こういう作品って分からない」
とのこと。
 「瑛九ってご存知ですか」
と尋ねた。
 「ええ、知ってる。瑛九の作品、うらわ美術館にもあるよね」
意外と親しげに言う。
 「そうです。瑛九は48歳で亡くなったんですが、晩年のほぼ9年間浦和で制作活動をしてたんです」
と言った。すると
 「ああそうなんだ。だからここと、うらわ美術館にもあるんだ」
と言う。
結構会話が弾んだ。一見そう見えないが絵画について関心が深いようだ。
 「この瑛九の作品、分からないとおっしゃいますが、このような抽象作品って分かる人はいないんではないでしょうか」
と話した。軽くうなずいた。そのあといつものように抽象絵画をどのように見てほしいか、私見を話した。

 このコーナーには瑛九の作品が離れて3点展示されていた。1点は、今見ている作品『青の中の黄色い丸』で、濃い青地に黄色やオレンジ色などやや大きめの丸い<点>が浮遊しているようなもの。あとの2点はその後の作品。<点>が一層細かくなっていき、異なる雰囲気のまさに点描作品である。

瑛九「雲」(1959)*画像はイメージです。

 抽象絵画について何となく理解いただけたように思ったので、
 「ここに瑛九の作品が3点ありますが、そのうちどの作品がお好きですか」
とたずねた。すると即座に『雲』(1959)の作品を指し、
 「ああいうのがいい」
という。その瞬間“シメタ!”と思った。抽象絵画について今話したことをよく理解してくれた言い方だった。初め、分からないと言った人が、短い時間で変わってくれた。うれしかった。こういう人には抽象絵画だけでなく現代美術作品も容易に理解してもらえるだろうと思った。


 

草間弥生「A.Q. INFINITY NETS」(1960)*画像はイメージです。

   そのあと現代美術家である小河朋司(1966〜)、広瀬智央(1963〜)、額田宣彦(1963〜)、淤見一秀(1952〜)や草間弥生(1929〜)の作品なども説明した。
 「草間弥生ってご存知ですか」
 「知らない」
という。
 草間弥生の作品『A.Q. INFINITY NETS』(1960)は、赤の下地に一種の黒い変形した<点>を無数に描いた作品である。<点>が密になるとその背後に<網>が浮上してくる。<点>と<網>との関係をよく表現している典型的な作品だと話した。すると 
 「アッ!逆なんだ。黒の地に赤い線を描いたものだと思った。」
とのこと。再度覗き込むようにこの作品に関心を示していた。

 この第2コーナーに入るとお客様が次第に減っていくのに、このお客様は最後まで関心を示していた。珍しいことにこの日は、終始お客様は一人だったが、時間も充分かけて話すことができた。お客様にも新発見がいくつかあったのではないかと想像している。本当によい一日であった。こういう人が1人でも増えることを心から願っている。


著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生まれ、中央大学法学部卒業。生命保険会社勤務、退職直前の2000年4月から埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室作品ガイド)を行う。

・アートに入った理由
 1976年自宅新築後、友人からお前の家にはリトグラフが似合うといわれて購入。これが契機で美術作品を多く見るようになる。その後現代美術にも関心を持つようになった。

・好きな作家5人ほど
 作品が好きというより、私にとって興味のある作家。クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


 

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