なれのはて
TEXT 藤田千彩
現在、岡山県立美術館の館長をつとめる鍵岡正謹と、世田谷美術館館長として知られる美術評論家の酒井忠康が二人展を行った。
古今東西の美術史、そしてあらゆるジャンルを見て、評論し、展覧会企画をしてきた彼らの作品見たさに、神奈川県横須賀市にあるカスヤの森現代美術館へ足を運んだ。
この美術館は入口右手に企画展示室1があり、瀧本光國の木彫展を行っていた。
瀧本の作品は、滝や雲といったモチーフを形にし、それらの流れを強く感じる彫り跡が印象的だった。
そしてカスヤの森現代美術館の目玉である、ヨーゼフ・ボイスの作品展示も見遣り、私は期待していた二人展の会場へと体を向ける。
その前に、また私は深呼吸がてら、トイレへ足を運ぶ。
いつもこの美術館へくるたび、楽しみにしていることがあるのだ。
トイレあたりに掛けてあるさかぎしよしおうの初期作品、石膏をくるんと垂らして立体化した作品に再会できるから。
「今日も来ました」と私は白い石膏作品に会釈をした。
作品も「おう!」と手を振ってくれた。
期待している二人展の前に、さかぎしの作品を見て、自分の意識を整えた。
5歩ほど進み、通路から左手にある二人展の会場である、企画展示室2へ。
ぱっと全体を見たとき、何かの間違いかと思った。
しかし手元のデスクに、二人展のハガキと酒井の著書『彫刻家への手紙』が置かれており、芳名帳には別のとある作家の名前が書かれていた。
間違いじゃないんだ、えっと・・・。
簡単に言えば「絵手紙」のような作品が並んでいるのだ。
鍵岡は、花の絵とともに、蕪村や一茶といった句と自作の句が並べて書いていた。
うまいとか下手とかを指摘したいのではない、このスタイルでいいのだろうか?。
びっくりしすぎたので、声に出して句を読んで気を落ち着かせてみた。
そして部屋の一辺を彩る鍵岡の作品が終わり、体を右に90度動かし、隣壁にあるテイストの異なった作品が目に入った。
ぎょっ・・・、今度は棟方志功かどこかの僧侶かと思わせる「絵手紙」のような作品であった。
絵ではなく、紙に文字しか書かれていない作品もある。
これは酒井の作品であった。
美術館の館長が、このスタイルでいいのか?と疑問を感じる。
再びびっくりしすぎたので、目に入る文字を再び声に出してみる。
いやいや、ここは美術館だ、声を出してはいけない。
一通り鑑賞したことにして、改めて作品を眺め直す。
私は何を期待していたのだろう。
「美術館館長」という肩書きに魅かれて来たのだろうか。
けして私はそういう肩書きによって見方を変える人間でありたくない、と自覚する。
彼らはあらゆる美術作品を見「慣れ」ているはずだ。
いまの美術では、作品という形になるために、絵具などの画材は多岐にわたっているなかで、改めて墨や水彩をつかう新鮮さは目新しい。
しかし、どこかの町の市民ギャラリーで市民サークルの人たちが発表する「絵手紙」のようなものでいいのだろうか。
まだ「にんげんだもの。」と書かれていないだけいいのだろうか。
どこの会社で働いて、人生をどのように生きてきたか知らない一般の人たちの「絵手紙」とどう違うのだろうか。
私は、すごいうまい、スーパーリアリズムみたいな絵ではない、とは想像してきたし、絵よりもインスタレーションを見られるかも、という期待はあった。
コンセプチュアルがちがちなオブジェかもしれない、とも思っていた。
おじさんが描く(であろう)絵、とか、日本人が描く(であろう)絵、というコンセプトなら、この二人の作品をコンセプチュアルアートと呼べるかもしれない。
画家や美術家として生業を立ててはいない、だから表現することは表現のプロがいて、任せるべきだとも気づかされた。
きちんと方針がある私立美術館の、その企画や内容がこれでいいのだろうか、とも思った。
もしかして、美術業界同士、同時代を生きる仲間、つまり「馴れ」でこのような作品を発表しているのだろうか。
私は、美術そして美術業界に疑いを感じた。
そして、私たちの世代が60〜70歳になったときどうする?どうしたい?自分たちが思う美術やアートシーンっていったい何?という疑問を投げられているようだった。