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雨引の里と彫刻2011「冬のさなかに」


田んぼ色と彫刻色と
雨引く里の冬景色

TEXT 友利香

現在、茨城県桜川市旧大和町で開催中の「雨引の里と彫刻2011」。第8回目となる今回の参加作家は42名。野外彫刻展としては異例、真冬の開催である。冬は鑑賞するには寒い季節ではあるが、凛と澄んだ空気が作品の輪郭を鮮明に見せ、視界を広げてくれる。そして人の感覚―とりわけ「温覚」を過敏にさせ、厳寒の中であっても絶えることなく、自然の奥深いところでじっと潜んでいるいのちの体温の在りかを感じさせてくれる。私が雨引を散策した日は、ラッキーなことに前日からの雪が残る日。作品は凍土や雪が(溶けることで)示す時間性まで取り込み、冬の里の表情を深く刻んでいた。

《雨引く里の田守る竜神》國安孝昌 


《雨引く里の田守る竜神》國安孝昌 (丸太、陶ブロック、単管)

「幾日、ひとり低く赤い太陽を眺めたことだろう。」と言う國安。彼は昨年10月から制作を始めていたのだ。収穫を終えた秋から冬へと向かう中で成長した國安の竜は、1月15日の「どんど焼き」(神事)の名残が残る田んぼで、まるで神から降りてきた霊気が竜の眼が入れたかのような「水の神」「豊作の神」たる風格である。

《追うプリニウス・逃げるプリニウス》島田忠幸


《追うプリニウス・逃げるプリニウス》島田忠幸(アルミニウム、木杭)

追っているのか、逃げているのか…。雪景色が蹴散らかして走って行く犬たちの足跡を想起させ、スピード感を増大させている。

《雲烟過眼(うんえん・かがん)/枝宮のための篝(かがり)》戸田裕介


《雲烟過眼(うんえん・かがん)/枝宮のための篝(かがり)》戸田裕介(鉄、サイザル麻ロープ、オイルステイン)

高久神社という神社境内には、今では一つとして建立の時期も由来もわからないという、大小様々な摂末社がある。しかしこの神社は手入れが十分にほどこされ、里に住む人たちの神への感謝の心がこの場にあることがわかる。戸田が献じた鉄製の篝と煙は、社殿に彫られた無数の龍頭の勢いと相まって、神を守り、神から守られる彼らの精神風土をリアルに立ちあがらせている。(画像は《枝宮のための篝(かがり)》)

《オニムシの夢》金沢健一


《オニムシの夢》金沢健一(鉄)

この地方でオニムシとはカブトムシのことを指すらしい。越冬中のさなぎは成虫になって自由に動き回ることを夢見、くぬぎの木も枝葉を伸ばし茂ることを夢見、子どもたちは虫取り網を振り回しこの林をかけ回ること夢を見…と、連鎖的に夢が夢を呼ぶ。作品は、くぬぎ林を夢エネルギーで満たしている。

《重力の森》大槻孝之


《重力の森》大槻孝之(鉄)Photo by SAITO Sadamu

大槻の作品を見ていつも感じるのは「還」。土からとりだされた鉄を風雨にさらすことで原子に戻し元の土に還す。天から降りてくる水を鉄肌に這わせて丁寧に土に還す。これは鑑賞者自身が生きる世界が、天地の間にあることを教える。
今回の大槻は、くぬぎ林でその行為を行った。空から降りて突き刺さったように1つの大きな鉄を立て、その周囲四方向に皿状の鉄を置いた。鉄の皿には水が溜まり鏡のように日の出・日の入り、月の満ち欠けなどの四季の全て、自然界の循環を写し出す。この林で「宇宙の循環」を感じざるを得ない。

《寒花》鈴木典生


《寒花》鈴木典生(白御影石)Photo by SAITO Sadamu

Y字路で、ぽつんと立つ1本の桜の木。鈴木はたった1本で冬の風雨を耐える木を愛しみ、愛でるかのように周囲に花びらを散らせた。春になると、今度はこの木がその訪れを愛でるかのように花を咲かせてくれるのだ。

《低い冬》山風イ


《低い冬》山風イ(黒御影石)

短い茎から放射状に伸びるたんぽぽの葉のよう。自然界の越冬の形態はさまざまだが、山浮ヘ石の葉っぱ1枚で、丈を縮めた冬の野原を表し、自らのいのちを守るものたちの存在を素直に伝えてくれる。

《reflections》望月久也


《reflections》望月久也(ステンレススティール)Photo by SAITO Sadamu

特別ではない小さな沼に設置されたステンレスの半円。何気ない場所にも冬の光が注いでいる。今、半円を円形に見せている光は時刻と共に、季節と共に変化していく。澄み切った冬の水も温み、水中の微生物が動き始めるにつれて、濁り始めるのだろう。

《水守》田中毅


《水守》田中毅(黒御影石)

波紋をイメージした石の作品。水の神として永年ここにあるかのように、田んぼ道に馴染んでいる。この「馴染み」の感触というのは、ふと自分の心の中にある原風景の臭い。この作品と地域=石の作品と石切場との関係に起因するのかもしれない。

《Tension.風を包む》佐藤比南子


《Tension.風を包む》佐藤比南子(羊毛、ゴムひも、ピン)Photo by SAITO Sadamu

羊の毛を1本1本織り込んで布にする。布は中に包んだ物の形を自らの形として見せる。こうした柔らかく形がない布で、同様に形が定かでない風を包んでみる。どうやら風は、果てしなくどこまでも続く空の色で林を染めてしまったようだ。

今や参加作家数・作品の質共に日本最高の野外彫刻展と言っても過言ではないこの展覧会。ここで大きな2つの疑問がある。
一つめは、近年盛んな「まち起こし」のイベントとは違う風情があること。開催のきっかけを尋ねると「この旧大和村付近は日本有数の石の産地であることから、この付近にアトリエを構えて制作する作家が多い。ふと気付くと『自分たちは、音や粉塵を出して地元に迷惑をかけて制作している。こうして出来上がった作品は他の地方へと送るから、僕たちは地元にゴミしか出してないということではないか。何かの形で地元にお返しができないか。』そういう地元への感謝の気持ちから、7人の石の作家が集い展覧会を始めた。」ということだった。
なるほど、ここで見る石の作品は、産地ならではの味わい深さがある。街の中で感じる「(街に石が)突然出現した感」がないからだ。ここでは自然の石と人為の石(作品)が、普通に呼吸し合っている。そしてこの展覧会のタイトルは「雨引の里と彫刻」。「雨引の里の彫刻展」ではない。ここに作品と里に住む人たちの生活との距離の至近さの理由はこれらにある。

二つめは、活躍中の作家が出品料や制作費を出してまで、(平素も会議や役割分担作業があるにもかかわらず)なぜ参加するのか、ということ。それは、展示ルートを歩き終える頃には気づくはずだ。作家同士の錬磨の場であるが故、作家は自分自身と厳しく向かい合わざるを得ない自己鍛錬の場であり、これが魅力で作家が集うのだと。

展示ルートは約17km。作家が大切に育ててきた展覧会、作家を育てる展覧会を隅から隅まで見てほしい。
そろそろ春を予感させる光が、田んぼの色も作品の見え方も真冬とは違った様に見せてくれているだろう。



雨引の里と彫刻2011「冬のさなかに」
2011年1月15日〜3月21日

大和ふれあいセンター「シトラス」付近(茨城県桜川市)
 
著者のプロフィールや、近況など。

友利香(ともとしかおり)

愛猫が超寂しがり屋のため、私は遠出できず困り中。もう一匹飼った方がいいかなぁ。





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