topreviews[橋本聡「行けない、来てください」/茨城]
橋本聡「行けない、来てください」


実際に実物を実感すること
TEXT 藤田千彩



アーカススタジオから、
橋本聡 個展「行けない、来てください」が、明日(5月30日・日曜日)でとうとう最終日をむかえます。
というメールをもらった。
吹き出してしまいそうな展覧会タイトルに魅かれて、展示を見にいく。

チラシに、前キュレーター遠藤水城が、
橋本聡は2007年よりアーカススタジオをしばしば訪れ、作品を設置してきた。いま「作品」を「設置」と書いたが、そこに置かれた「モノ」が作品なのか、その設置という「行為」が作品なのかは判別しがたい。
と書いたように、作家の橋本が生み出す作品は、いわゆる物質としての作品にはとどまらない。

これまで島袋道浩のように、お笑いのネタのようなものを、ビデオ映像などのアートのフォーマットで見せる作家はいた。
あるいは、開発好明のように、作家本人はまじめなのだろうが鑑賞側からすればけだるい、フレンドリーなパフォーマンスや物質としての作品を見せる作家もいた。
橋本はこういった系譜の流れであろう。
また、鑑賞者が、壁に貼られた「指示書」に従って作品をつくる、作家の意図を共有する、といった作品は、フルクサスなどの流れでもあろう。

こうしたいろいろな流れを思わせる作品は、たいがい既視(デジャヴ)をも感じさせる場合がある。
それを「行けない、来てください」という展覧会タイトルでもって、鑑賞者を誘い出す、というのは、とてもずるい。

《剥ぐ》(2010年)

ビニール袋をあなたの頭にかぶせ顔を覆う。
目の部分に指で穴をあける。穴は1つのみ。
あけた穴から鏡を見て透ける顔と眼を
油性ペンでトレースしてください。
あなたの覆面です。
落ちている覆面と交換してもかまいません。

《LOWER》(2010年)

裸足になり、箱の穴の中へ片足を入れる。
中にあるプリント足で掴み
慎重に穴の外へ取りだす。
取りだしたプリントを手で丸めて
柵の中に投げてください。
※箱の中には足以外を入れてはいけません。
モデル=すべてmamoru / a few notes


作家は、というと、廊下にいた。
彼の体格を上回る高さと幅の板を口にくわえて、もと小学校であるアーカスプロジェクトの建物内を歩いていた。
子どもサイズの廊下で、窓やドア、部屋の案内板にゴンゴンぶつかっていて、私たち鑑賞者は笑わざるをえない。

これがアーカスプロジェクトという、アートの発表の場であるから、私たちも作家も存在している。
これがもともとの小学校だったら、教育的にはよろしくない、迷惑なだけだ。
これが家だったら、お母さんに叱られて、家の外に出されてしまうかもしれない。
これが動物園だったら、動物の行動より不可思議な人間の動態に注目が集まるかもしれない。
これが病院だったら、頭がおかしいという診断をされるかもしれない。
これが現代美術ではない美術の世界でも、絵じゃないものは通じない。

そういう状況をただ見ているだけの私も、いったい何をしているのだろう?
正気に戻りそうになるが、こうした「よくわからない」ことを体感するために、アーカスプロジェクトにやってきた。
ふだん味わえない回転をするジェットコースターを体感するために遊園地へ行く、遠すぎる北海道や沖縄の物産を味見するためにデパートの催事場に行く。
そういう「非日常」な感覚になる、トリップするために、来たのだから。

橋本のこうした作品群は、どんな流れを汲んでいるものなのか、あるいは、これから新しく生まれる波の余波なのか。
バーチャル世界が充実するにつれて、誰かと「直接」つながりたいという思いは強まっている。
置かれた作品を画像で見る、壁のようなものをくわえた橋本の姿を動画で見ることより、実際この場、空気、自分との距離感、リアルであること、をちゃんと把握することは、印象派やポスト印象派の作家が残した作品にみられる光、筆致、動き、となんら変わりはない。


帰りに、隣の建物で常設展示となっている冨井大裕の作品を見に行った。
冨井自身がティッシュペーパーを重ねた作品の修復をしていた。
ふと私は「美術鑑賞のために来た」ことを思い出した。
橋本のインパクトが強い作品や体感できる作品も、冨井の「一体何?ティッシュですか…」と思わせる作品も、どちらも作品であり、どちらも美術を発表する場所以外では存在しない。
ふたつの作品は、鑑賞者になんらかの感情を呼び起こさせる意味では、同じである。
ただ鑑賞者に対して、好みとは異なる判断力、鑑賞の意識を突き付けているように感じた。

橋本聡「行けない、来てください」
2010年3月27日〜5月30日

アーカススタジオ(茨城県守谷市)
 
著者のプロフィールや、近況など。

藤田千彩(ふじたちさい)

1974年岡山県生まれ、東京都在住、アート+文章書き。
オシゴトください。→chisaichan@hotmail.com





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