topreviews[平成22年春の有隣荘特別公開 ヤノベケンジ 幻燈夜会 ファンタスマゴリア/岡山]
平成22年春の有隣荘特別公開 ヤノベケンジ 幻燈夜会 ファンタスマゴリア


有隣荘外観


空想の未来、現実の未来。

TEXT 丹原志乃

岡山県倉敷市に、白壁の街として有名な美観地区という場所がある。その中にたたずむ「有隣荘(ゆうりんそう)」という屋敷が、今回のヤノベケンジの展示空間である。
有隣荘は、倉敷の事業家であり大原美術館の創立者である大原孫三郎が、病弱な妻のために建てた大原家の別邸だ。この別邸の設計には、大原美術館の基礎となるコレクション作品のほとんどを収集した、孫三郎の友人で画家である児島虎次郎も深く関わっている。一階の欄間には、孫三郎が辰年生まれであることから、虎次郎がデザインした龍が描かれている。ヤノベの代表作である「ラッキードラゴン」と「トらやん」、そして孫三郎の龍と虎次郎のトラ。この二つの龍と虎が、展示の中でどう交差していくのだろうか。


《森の映画館》

玄関を進んでいくと、まず洋室がある。そこにはヤノベの代表作である「アトムスーツ」を着た「トらやん」が踊っていた。「アトムスーツ」とは、ヤノベが造り出した、宇宙線、自然放射線、あるいは人為的につくられた放射線を感知するヒト型放射線感知スーツである。「トらやん」は、ヤノベの父親が腹話術で使う人形が原型となっている、ヤノベ作品にたびたび登場するキャラクターだ。そして、その「トらやん」を囲むようにして子供用の椅子が数脚並んでいた。椅子には絵本「トらやんの大冒険」が置かれ、椅子と絵本はチェーンでつながれている。展示室に置いてある本をチェーンで固定するのはよくあるものだが、椅子と絵本をつなぐチェーンは短く、立って読むのは難しく、きちんと座らないと大人には読みにくい。そこから、この洋室の展示が、見かけだけではなく本当に子供に向けられたものだとわかる。子供用の椅子の奥には2006年に制作された《幻燈夜会 青い森の映画館》が設置され、スクリーンでは「トらやんの大冒険」のアニメーションが上映されていた。物語を紡ぐ女性の音声は、やさしく柔らかに子供たちに語りかけているようだった。洋室から見渡せる温室には、ヤノベが1997年に見たチェルノブイリの保育園が《未来の廃墟》として再現されていた。子供用の椅子に座り、《未来の廃墟》を見渡しながら聞く物語は、なんだか「危ないから外に出ないように」とか「これからこうして生きていくんだよ」とか、母にやさしい仕付けをされているような感覚を呼び起こさせるようなものだった。


未来の廃墟》 2010年

《幻燈夜会 ファンタスマゴリア》 2010年

洋室からさらに進むと和室があり、そこには今回の展覧会名ともなっている新作の《幻燈夜会 ファンタスマゴリア》が展示されていた。1957年に水爆実験により被爆した第五福竜丸をモチーフとしたヤノベのキャラクター「ラッキードラゴン」(魔法の龍であり、船から変身した龍でもある)が、大きなガラス球を抱えている作品だ。この「ラッキードラゴン」の形は、欄間に描かれている孫三郎の龍と同じ形をしていた。ガラスの中には「トらやん」の父であり、ヤノベ自身でもある「アトムスーツ」が、未来の廃墟を探索している映像が投影されていた。球によりゆがめられ、ぼやっとした映像は、まるで自分の記憶の片隅にひっそりとあるかのように、目にうつり流れていく。

和室から奥へ行く廊下には、「トらやんの大冒険」に出てくる「ぬすっとマウス」が数匹、悪い顔をしてたたずんでいた。その奥にはその親玉のようなキャラクターもいた。絵本の中での「ぬすっとマウス」は、「トらやん」が大事にしていた世界をかえるエネルギーを持つ「太陽」を盗んでしまう役だ。その後、「太陽」の力によってやけどを負ってしまうが「トラやん」に救われ、身を守るために仲間たちで作り上げた船に一緒に乗り込むのである。


《幻燈舞踏会》 2010年

二階に上がると、部屋一面に「トらやん」がいた。小さな「トらやん」から大きな「トらやん」、さまざまなサイズの「トらやん」があふれ返っていた。(※画像《幻燈舞踏会》入れる)「アトムスーツ」がチェルノブイリで見た遊園地の無人観覧車には、希望である「太陽」が輝き、すべてのゴンドラに「トらやん」が乗っている。あふれかえる「トらやん」たちは、子供のように無邪気に遊んでいるようにも見え、逆に何かの任務を抱え真剣に話し合っているようにも見える。
そして部屋には、庭を見渡すことのできる大きな窓に向かい、「ラッキードラゴン」が大きな頭を出していて、「トらやん」とともに庭を、倉敷を見下ろしていた。(※画像《ラッキードラゴン》入れる)この「ラッキードラゴン」は、昨年の「水都大阪2009」で発表されたものの頭部のみを取り外したものである。「水都大阪2009」では、大阪の中之島公園のローズボートや水辺を、この「ラッキードラゴン」が炎や水を口からはきながら回遊したのだ。
この「ラッキードラゴン」を見た瞬間、ああ、なるほど、この有隣荘は船だったのかと気付かされた。そうすると一階の欄間に描かれた孫三郎の龍は、建物すべてが「ラッキードラゴン」なのだということを示唆するものであり、二階の部屋一面の「トらやん」は船を造った「トらやん一族」なのだろう。廊下にいた「ぬすっとマウス」もきっと「ラッキードラゴン」によって大切に大切に守られているのだ。
希望である「太陽」をのせた「ラッキードラゴン」は、この倉敷を見下ろしてこれからどこへ行くのだろうか。私は「ラッキードラゴン」の中にいて守られている感覚、そして見下ろす倉敷がまるで《未来の廃墟》になってしまうのではないかという感覚を同時に覚えた。

 
ラッキードラゴン》 2009年

今回の展覧会は、空想でありながら、どこか私たちがいなくなったあとのことを思わせるものだった。自分たちの子供が、《未来の廃墟》で絵本を読み、世界を学び、「ラッキードラゴン」や「トらやん」と遊びながら、何もない空間を行き交っているのを追体験しているようだった。大丈夫なのだろうか、身を守り生きていけるのだろうか。空想でありながら起こってしまった未来を見ているような気がした。


平成22年春の有隣荘特別公開
ヤノベケンジ 幻燈夜会 ファンタスマゴリア

2010年4月28日〜5月9日

大原美術館 有隣荘(岡山)
 
著者のプロフィールや、近況など。

丹原志乃(たんばらしの)

1985年岡山県生まれ
地域とアートについて日々勉強しています。




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