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フランソワーズ・ルヴァイアン
「具体美術協会(1954 -1972)−その国際的配信の方法 メディアとメッセージについての考察」
ルヴァイアン氏の発表は、具体美術協会の活動をメディア戦略という視点から分析したものであった。1954年に吉原治良を中心として結成された前衛美術グループ・具体美術協会は、今年のヴェネチア・ビエンナーレでも回顧展が開催されるなど海外で高く評価されているが、活動当初から機関紙『具体』を通して国際的な発信を戦略的に行っていたことが実証的に報告された。国際的な舞台へとアピールするための主要な戦略は、情報とイメージの二点にわたっている。情報という点では、機関紙『具体』の第一号で早くも、表紙に示された作家名がローマ字で表記され、また吉原自身のテクストが日英両言語で記載されるなど、海外の批評家・美術家のネットワークへの参入を見据えた発信戦略が採られていた。
イメージの点で重要なのは、8体の木枠に貼った紙を一気に突き抜ける村上三郎のアクションなど、身体を使った一回限りの行為が写真や映像といったメディアで記録され、イメージとしての流通が図られていたことである。例えば村上のアクションを撮った写真は『具体』誌上に掲載されたが、この写真は最初のアクションを撮ったものではなく、後からポーズをとって撮り直したものであった。
以後この一枚は、具体の紹介とともに何度も複製され、具体のイコンとして世界中に配信され、普遍性を獲得していくことになる。ルヴァイアン氏の発表は、こうした具体のメディア戦略の中に、身体的行為の痕跡を消そうとするのではなく、むしろ「再現」可能なものと捉える姿勢を指摘した点で、示唆に富むものであった。
このことは、前衛が「写真は真実を写す」という神話に依拠しており、前衛と記録メディアはある点で両輪であることの証左でもある。特に60年代後半以降は、技術的進歩という要因もあり、ヴィデオという記録メディアが積極的に採用されることになる。本来、時間的・空間的に一回限りであるはずのパフォーマンスを、再現可能なものへと変貌させてしまう、ヴィデオというメディア。昨年に東京国立近代美術館で開催された「ヴィデオを待ちながら:映像、60年代から今日へ」展でも問い直されていたように、初期のヴィデオアートの関心は、身体的行為の記録と密接に結びついていた。
さらに、ルヴァイアン氏は指摘しなかったが、機関誌の欧文表記という具体のメディア戦略を美術とグローバリゼーションという問題に引きつけると、日本という場所で考えるべき重要な問題が含まれている。具体はグローバル化する現代美術を見据えた戦略を先駆的に採っていたという先見性の評価よりも、「美術のグローバル化とは、既に存在する欧米という中心軸・欧米中心主義の強化であり、さらなる保持に他ならない」ということがここには露呈しているのだ。このことは、具体の採ったメディア戦略の先見性の賛美よりも重要な問題ではないだろうか。
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キム・ヨンスン
「越境する共同の記憶、繰り返す差異の生成―韓国の現代美術におけるグローバル化のムーヴマン」
キム氏はグローバル化=近代の価値基準の失効と捉える立場から、90年代以降の韓国の文化政策を概観。韓国では、1992年に政権を取った金泳三大統領が、それまでの軍事政権との差別化をはかるため、「世界化」と「地方自治体制」を提唱した。以降、1995年には、国外ではヴェネチア・ビエンナーレに韓国館のパヴィリオンが設立、国内では光州ビエンナーレがスタート、また1998年には釜山ビエンナーレがスタートするなど、国際舞台への積極的な参加が図られてきた。さらに美術のグローバル化を如実に示すものとして、両ビエンナーレでは、ディレクターに外国人が登用されている(例として2008年の光州ビエンナーレではオクイ・エンヴェゾ、2010年の釜山ビエンナーレでは東谷隆志)。
しかしキム氏は、これらの国際展では、欧米のメインストリームで評価された作家が相も変わらず紹介され、結局は欧米モデルの複製であると批判を行った。例えば、先述のオクイ・エンヴェゾをディレクターに迎えた2008年の光州ビエンナーレでは、過去一年間の世界中の展覧会からピックアップした「Annual Report」という形式が採られ、国際美術展の新たな基準を作ったとして受賞の対象になったが、一方ではゴードン・マッタ=クラークの回顧展やハンス・ハーケの出品が象徴的なように、欧米の価値観を反映した国際展であったとキム氏は述べる。
そのオルタナティヴとして彼女が評価するのは、新設美術館・キムサ(Kimusa)、特にその歴史的建築物の再利用にみられる、記憶がせめぎ合う場としての多層性である。2009年7月にオープンし、9月には「Void of Memory」をテーマにした国際展「Platform in Kimusa」の会場となったキムサの建物は、日本の植民地時代に建設され、軍政時代は韓国軍の軍事施設として使用されたという重層的な歴史を含んだものである。
植民地時代と冷戦時代、様々なレイヤーが重なり合う場としてのキムサ。このように、地域性や歴史性を考慮にいれた展示空間は、一元的なグローバル化への批判であるとともに、既存のホワイトキューブのあり方への問い直しも含んでいる。
このことに関して、ディスカッション時に会場から提起された質問を紹介したい。本シンポジウム会場となった国立国際美術館は、「国際」と冠しているが、東南アジアやイスラム諸国、中南米のアートはコレクションの対象外なのでは?という疑問である。この問いに対して建畠館長は、福岡アジア美術館で収集しているリキシャペインティング(人力車の装飾)を例に挙げ、元々のコンテクストから離したら魅力がなくなるから国際美術館では収集しないと答えた。作品はコンテクストに依存せず、自律したものであり、故に移動可能と見なすモダニズムの思想がホワイトキューブとしての美術館を支えていた訳だが、グローバル化の進展との裏返しでローカルな価値が再認識される時、社会的、文化的、歴史的なコンテクストと不可分な対象の展示・収集に際して美術館はどう対処すべきなのか。従来のホワイトキューブ観の見直しがはかられているのでは、という問題に対して、建畠館長には答えて欲しかった。 |
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建畠晢
「国際展におけるマルチカルチュラリズム」
建畠晢氏の発表は、2001年の横浜トリエンナーレ、2010年のあいちトリエンナーレなど、国際展のディレクター経験を踏まえて、国際展とマルチカルチュラリズムの問題を扱っていた。90年代、特にアジアなどの非欧米地域において創設ラッシュを迎えた国際展の多くは、国別参加形式のヴェネチアなどと違い、文化の多様性を重んじる思想を基盤にしていたが、こうしたマルチカルチュラリズムの国際展への導入は、1989年の「大地の魔術師たち」展が嚆矢であったと建畠氏は指摘した。ジャン・ユベール・マルタンの企画によりポンピドゥー・センターで開催された「大地の魔術師たち」展は、欧米と非欧米の美術の間にヒエラルキーを設けず、等価なものとして提示した試みであった。
建畠氏は、マルチカルチュラルな展覧会はまず欧米で試みられ、その後、非欧米地域に移植されたとしつつも、多文化主義的な発想を90年代以降の国際展に導入したとして「大地の魔術師たち」展を評価した。その評価ポイントは、キュビスムとの比較にある。キュビスムはアフリカの部族芸術を参照したが、呪術や装飾など本来の用途から切り離した賛美であり、またそれらの部族芸術はフランスの植民地から運ばれてきたものである点で、芸術のフィールドにおける植民地的搾取であった。これに対し、「大地の魔術師たち」展は、企画者のマルタン自身がアジア・アフリカを回って文化人類学的な現地調査を行った点で従来のプリミティビズムではなく、現代美術展へのマルチカルチュラリズムの導入という姿勢は、90年代以降の国際展に大きな示唆を与えた。ただし、そこで欧米の「現代美術」と併置された非欧米地域の美術は、結局のところ「大地の魔術師たち(Magiciens de la Terre)」ではなく、「大地から切り離された魔術師たち(Magiciens sans la Terre)」になってしまったと建畠氏は批判する。そして文化的にフェアであろうとする立場もまた、政治的立場の一つであるという客観的な認識を持つことの必要性を訴えて、発表を締めくくった。
「大地の魔術師たち」展がはらむ問題は、非欧米地域の作家を欧米側はどう評価すべきなのか、さらにグローバル化が進展する中で、欧米で受け入れられるような評価を戦略的に内包した非欧米作家に対して、欧米側はどう対処すべきか、ということとつながっている。
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発表後のディスカッションでは、出身国を離れて活躍する作家として、草間彌生、杉本博司、川俣正、蔡国強、タイ出身のリクリット・ティラヴァーニャらの名が挙がっていたが、そのティラヴァーニャが90年代初頭に行ったカレーパフォーマンスについて少し考えてみたい。「タイカレー」という異物を画廊に持ち込んで観客に振る舞い、「食べる」という行為は一見、脱近代、脱欧米のフィールドを開拓しているように見えるが、発表したのが「ニューヨークの画廊」ということ(言い換えれば同じ行為をタイの街頭で行ってもアートとして何の説得力もないということ)は、脱近代、脱欧米を図っているようで、実は未だに欧米の支配力が圧倒的な美術の枠組みの中で勝負している(させられている)ことの証左でもある。自らのアイデンティティとして「タイカレー」のような記号を戦略的に用いることは、民族的なイコンが新たなエキゾチズムとして欧米で受容され、結局は商品価値として美術市場に飲み込まれてしまうという危険性をはらんでいる。
ティラヴァーニャ自身もそのことに自覚的であっただろう。以降の作品では、移動や居住をテーマにしつつも、文化的表象のあからさまなアピールはなりをひそめている。例えば、ドイツで行った展覧会では、自身のニューヨークのアパート内部を展示会場に再現し、観客に自由に使用させるという試みを行った。そもそも故郷を離れたディアスポラの居住空間が、さらにドイツというもう一つ別の外国の中に設置(インストール)されることで、ディアスポラの状況が入れ子状態に錯綜する。さらに観客はソファでくつろいだり、キッチンで料理したり、シャワーを自由に浴びたりすることで、文化的差異という大きな枠組みの相違と、個人の日常生活というミクロなレベルでの二重の差異を味わうことになる。通常は作品に触れることが許されない美術館という空間で、飲食やシャワー、寝泊りまでも許されていることへの戸惑いも加わって、観客は、文化的差異というマクロな次元と個人的な日常生活というミクロな次元、双方にまたがって交錯する奇妙な違和感を体験させられるのである。またティラヴァーニャは、作品が設置される地域住民からリクエストされた映画を上映するというイベントも行っているが、この試みは、参加する楽しさや地域住民のコミュニケーションの喚起をもたらすだけでなく、その都市や地域ごとの文化的・経済的・歴史的な差異をもあぶり出してみせるだろう。
国際展の増加による、作家の活動範囲の拡充や相互交流。異文化理解を通した固定的な価値観の見直し。地域固有の風土や歴史などローカルな価値の再評価。グローバリゼーションにはそうしたプラス面がある一方、すべてが中心軸の評価基準に飲み込まれ、一元的な価値しか付与されない危険性もはらんでいる。また、グローバルな流れから外れている(と見なされた)作家は、評価から取りこぼされていくだろう。日本という「一地方」の美術を考えていく上でも、その両面を見据える必要性を改めて感じた。
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文化庁 第7回 国際文化フォーラム
「文化の多様性と現代美術−グローバル化時代の芸術」
2009年11月29日
国立国際美術館 講堂(大阪府大阪市)
座長:高階秀爾(大原美術館長)
パネリスト:
フランソワーズ・ルヴァイアン(フランス国立科学研究センター(CNRS)主任研究員/フランス)
キム・ヨンスン(美術評論家、韓国文化芸術委員会 Arko美術館諮問委員長/韓国)
ピエル・ルイジ・タッツィ(美術評論家、インディペンデントキュレーター/イタリア)
建畠晢(国立国際美術館長) |
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著者のプロフィールや、近況など。
高嶋慈(たかしまめぐみ)
大学院で近現代美術史を学びつつ、美術館でのインターンを通して実務を経験中。
「アートは一つの思考形式である」をモットーに、来年もいろいろと考えていきたいと思います。 |
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