topreviews[ 斉藤智子展 『よわきをそっと、はむように』/神奈川]
斉藤智子展 『よわきをそっと、はむように』

《よわきをはむ

キモ・カワイイオヤジたちから学ぶ、男そして人の本質

TEXT 安東寛

 まだ夏の暑さの残る日、ギャラリー元町で行われていたのは、斎藤智子展「よわきをそっとはむように。」だ。
ギャラリーに入ってまず目にとまったのは、短いアニメ作品が映し出されているTVモニターだった...。
そこには、「オジサンのキャラクターが袋に入った何者かと格闘したあげく、その袋を柱にぶら下げ、その一部をつまんでちぎって自分の口の中に入れ、満足げに噛んで(はんで)終わる」といった内容が描かれている。
私はそれを見終え、斎藤に「このアニメ作品は“袋入りの弱き者をオジサンがはむ”といった内容で、それが今回の個展のテーマと関係があるわけですね?」と聞いた。
そのテーマとは、「人は本当の自分の姿を他人に受け入れて欲しいと考えている。そしてそれらの欲を成就させようと、人はそれぞれの表現をし、人によっては非道な犯罪を犯してしまう場合もある。しかしそれは誰もが持つ人間のよわさだ」というものだ。
すると彼女は、「たしかに、今回の個展のテーマとアニメはリンクしていますが、このアニメには実は気持ち悪いほど綿密なストーリーがあり、それは私だけが知る所です」との答え。
このアニメの謎を解くことは容易ではないようだ。
 
《golden eggs》石膏・ジェッソ・パステル 半切りサイズ30×20cm

《父と姉妹》石膏・ジェッソ・パステル 半切りサイズ30×20cm
 
 
 
   
 しかし彼女の奥深い世界に迫れるもうひとつの鍵がある。
それが、画面から飛び出てきたうえに、夢にまで現れてきそうな強力な存在感で迫ってくる、"ヒゲ・ハゲ・デブ"のこのオジサンのキャラクターだ。
“オジサンキャラ”とはいっても、通常のアニメ作品などに登場する、可愛くデフォルメされたオジサンではない。
臭ってきそうなほどのリアルな、“オヤジの気持ち悪さ”を全面的に漂わせたアヤジキャラである。
それは、今時の女子高生などから「ちょっと、あのオヤジキモイんだけど...!」といわれてしまう彼ら。
また私自身そろそろ年齢的にもキテルため、「あんな姿にだけはならないように気をつけよう!」と決意させてくれる悪い見本的存在の、あの"オヤジ"である。
 しかし斎藤の描くオヤジは、口に入れた瞬間は“キモイ!”と苦さを感じるが、それこそ“はんで”いるうちに可愛く感じてくる。
その証拠に、その日ギャラリーを訪れていた女子高生とおぼしき女の子から、「このオジサン可愛い!」と黄色い声を頂戴していた。
この、“キモイ、だけど可愛い”と感じさせるキャラといえば、最近特に一部のお笑い芸人を指していわれることの多い、“キモ・カワイイ”と表現される人物にも共通するものを感じる。
 ところで、オジサンの人物像が多く描かれた彼女のポートフォリオを見させてもらうと、描かれている人物のポージングの決め方や体の動きのダイナミズムの表現に抜群のセンスを感じる。
とても動きを感じるリズミカルな人物像となっていて、先程のアニメ作品は彼女の処女作であるらしいが、彼女の体の動きをとらえる表現センスを生かしてさらにアニメの世界を追求してもらいたいと思った。
そして我々に今まで見たこともない“リズミカルなオヤジアニメ”を見せて欲しいものだ。
 それにしても彼女の描くオヤジたちは興味深い。
オヤジという存在の深遠さを我々に訴えかけてくる。
“食事の不摂生と運動不足が祟った結果の成れの果て”のような崩れた体...。
均整の取れたナイスバディを目指す人たちにとっては目を背けたくなるような体型だ。
また背骨が曲がったような悪い姿勢をとっている人物像が多く、さらに意図的にデッサンの線が崩されている場合もあるため、とても不安定な世界を作り出しているように見える。
しかしムンクの「叫び」のような、不安定さから来る不思議な安定感を感じる。
安定と不安定の判断基準が曖昧になってくる世界である。
たとえば、一般的には“崩れた体型”といわれかねないが、腹が出ていることで安定感のある“ダルマ体型”であるともいえるのだ。
 また、“ハゲてるわ、だらしない体型だわ”のしょーもないオヤジたちを見ていると、安心感を覚えてくることも事実である。
その答えは彼女の、「人間とは本質的に弱いもの...。そう考えると、だらしないオヤジたちには『しょうもないなぁ...でも愛おしい』と感じる」との言葉の中にあるように思う。
さらに、“腹をさらけ出すことによって隠し事がないことを示し、人々に笑いと愛を授けてまわった”といわれる、布袋という神様の姿に、そのオヤジの姿が重なる思いがした時、彼らが神々しくも見えてきた。
また私は、斎藤の彼らに対する「しょうもないけど、愛おしい」という言葉に、“母性”を見た気がした。
“しょうもない父性という存在を見守る母性の図...”、演歌の歌詞の中にもそのような表現があった記憶があるが、男と女の本質的な姿がここにあるように感じた。
もしかしたら、若い女の子がオヤジを発見した際に、「超キモイんだけど...!」「...だけどカワイイ」と付け加えられるようになった時に、“大人の女性への道を踏み出した”といえるのかもしれない。
私はギャラリーを後にし、近くのコンビニの前を通り過ぎたとき、よくいるデブオヤジを目撃してしまったが、そのオヤジがキラキラ輝いて見えたのだった...。

斉藤智子展 『よわきをそっと、はむように』
2009年8月31日(月) 〜 9月8日(火) 

gallery元町(神奈川県横浜市)

斎藤智子
1979年   東京都生まれ
2003年   日本大学芸術学部美術学科版画専攻 卒業
 
著者のプロフィールや、近況など。

安東寛(あんどうひろし)

1969年 神奈川県生まれ。現在月刊ムーを中心にして執筆活動をする、妖怪と妖精を愛するフリー・ライター。
趣味で色鉛筆画を描いてます。
デザインフェスタに出展します。ブース1485のiibosi's worksです。




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