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ごまかしの可能性
TEXT 藤田千彩
詩人の松井茂が、個展を開いた。
また、である。
ガラスの扉を勢いよく開けると、冊子が載せられた台が3つ、入口の手前から奥に並んでいた。
置かれた冊子は、もっとも最近出版された松井の詩集「Camouflage」だった。
Volume.I、Volume.II、Volume.IIIと置かれていた。
真っ白い空間に、ただそれだけ、である。
松井は「詩人」という肩書きのもと、2006年の府中市美術館「府中ビエンナーレ」の参加やいくつかの個展も開いている。
展示スペースのphotographer's galleryは、基本的には写真専門のスペースだ。
松井は過去に、「量子詩」の展覧会など、何度かこの場所で展示をしてきた。
しかし今回の展示は、これまで私が見た松井の展示の中でも、
あるいは、これまで見たあらゆる展覧会の中でも、一番「ひどい」と思った。
帰り道、私は冷静に考えた。
作品を見せる、という意味では、決して間違っていない。
本の形状をした松井茂の作品は、立体作品を載せるような台の上にあった。
台に置かれているから、私は手を触れなかった。
手を触れられなかったから、本になにが書かれているか分からなかった。
彫刻の立体像が台に置かれていても、同じように手を触れないだろう。
像に手を触れて、素材を確かめたり重さを知りたいわけではないから。
外見を見て楽しむのが美術だから。
そう考えたとき、展示されていたものは、
本の中身ではなくて、本であることなのだと改めて認識する。
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・・・でもそれでいいの?
本のタイトルは「Camouflage」。
表面だけで判断することの不安、
つまり「ごまかし」をされているような気がする。
台にあり手に取れないからこそ、私は物事の中身を知りたい。
それは美術だけの問題ではない、世の中すべての中身を知りたい。
美術を通して、美術とはジャンルが異なる詩人が、
世の中に問いかけている問題の大きさに、私は気づいた気がした。 |
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