topreviews[沈黙から 塩田千春展/神奈川]
沈黙から 塩田千春展 

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a上から見た《沈黙から/From in silence》
b.オープニングでは作曲家の一柳慧、足立智美らのパフォーマンスも行われた
c.《光から/From in light》(部分)





糸よ、その意図は
TEXT 藤田千彩

塩田千春の名は、私は2001年の「第一回横浜トリエンナーレ」で知った。天井から吊ってある大きなドレスの作品、と言うと思い出す人も多いだろう。私はあれから東京・初台のケンジタキギャラリーでの個展をはじめ、見ることの出来るかぎり、塩田千春の作品を見てきた。年齢が近いのに、同じ女性なのに、なにかトラウマとかコンプレックスがあるのだろうか、どうしてこんな作品を作れるのだろうか、緊張感を感じるすごさってなんだろう、いろいろ考えても私の経験値では想像さえおぼつかない。
今回の「沈黙から」という個展は、奇しくも私が「第一回横浜トリエンナーレ」でボランティア新聞記者スタッフとして手伝っていた場所(小沢剛「トンチキハウス」)であった。スペースとしては知っていたが、入口を通った二階からはベランダ状になっていて、下を見下ろした瞬間、私は震えた。

中心にピアノと椅子、聴衆の椅子に張りめぐらされた糸・・・。

その光景は、静かという音が聞こえ、圧倒的なすごさがあった。
黒い糸なのに、モノトーンには見えなかった。
赤や黄色、金などの色を想起させる情熱を、遠くから見ていても感じる。
天井高があり、広さもある、このスペースにふさわしいものだった。

近づきたい、と思うまでしばらく時間が掛かった。
圧倒されすぎて、状況をうまくつかめなかったからだ。

会場の中にある階段を下りる段階で私は、壁に張り詰められた糸の作品《沈黙から/From in silence》にまた圧倒される。壁一面に、くもの巣のように敷き詰められた黒い糸。けして気持ち悪さはないが、おどろおどろしさは感じる。何かをつかまえようという目的ではなく、漠然とあるわけでもないようだ。もじゃもじゃとある糸を眺めながら、私は心のもやもやを投影してみる。

階段は折り返しになっていて、もう一つの作品が目に入る。窓を天井まで置き、床には割れたガラスが散乱するインスタレーション作品を見遣る。これは隣の部屋にある《光から/From in light》から浸出したものだという(画像=c)。ガラスの割れる、しかもたくさん割れる音が私の頭ではしたけれど、目には割れたあと訪れた静寂だけが残って見える。戦争やケンカといった悲劇を想像する。いや、こんなに割れたら喜劇かもしれない。こんなにガラスを割っていたら、少しくらい頭がおかしくなってもいい気がする。

こんなに階段をゆっくりおりることもないだろう。
やっと中心にある焼けたピアノと椅子に近づく。これもすべて、《沈黙から/From in silence》の部分だという。

私は天井まで伸びた糸のゆくえを目で追う。当たっているスポットライトの光がまぶしい。見るな、と言われているようだ。一本一本、意志のあるように結ばれ、つながれ、他の糸たちとからまっている。ああ、もどかしい・・・(画像=d,e) 。
置かれたピアノは燃やしたように黒くなっている。まだかすかに匂いが残っていた。
ピアノも、周りにある椅子も、黒い糸たちがからまっている。複雑すぎる、本当に複雑すぎる。ただ巻きつけたのかもしれないが、一本一本の糸を私はひもときたい、理解したい、眺めるだけで私はいいのでしょうか、と自責の念にかられる。

あまりに没頭していたので、他の観客の人にぶつかる。
そうだ、私は作品を見ていたんです、ごめんなさい、と思い出すまで時間がかかった。
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f
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隣の部屋に移動する。
塩田が過去やっていたパフォーマンスを写真にして貼っている(画像=f)。塩田は泥にまみれるようなパフォーマンスをする作家でもある。身体を張った、一瞬を切り取った写真を見るだけでも「凄み」をおぼえるパフォーマンスのようだ。

さらに奥の部屋へ行くと、ベルリンから持ってきたという窓がところせましと張られている。先に書いたが、《光から/From in ight》というタイトルで、メインの部屋まで進出するほど、窓がぎっしり壁を覆っている。(画像=g)これはメイン会場にあったものと違い、壁に沿って整然と張られている。整然といっても、窓単体をきれいに並べたのではなく、重ねられている。しかし圧迫感はない。知らない学校の廊下を歩いているようだ。ちょっとした不安と期待を持ちながら。

中央のスペースを取り囲むようにこうした部屋がいくつかあり、他の部屋も糸を張り巡らせていたり、過去の映像作品を流していた。フロアが違う部屋でも過去の映像作品を見ることができた(画像=h)。


「沈黙から」という展覧会名のとおり、量や迫力があるというのにそれぞれの作品は、寡黙で口をつぐんでいる。きっと塩田千春という作家がそういう思考の人であり、静けさの中に圧倒的な情熱と思いが強く、激しくあるに違いない。糸の複雑さ、窓の重なり、それが塩田の制作する姿勢に比例しているのかもしれない。
d.《沈黙から/From in silence》(部分)
e.《沈黙から/From in silence》(部分)
f.過去のパフォーマンス(写真パネルでの展示)
g.《光から/From in light》(部分)
h.過去の映像作品をプロジェクターやモニターで上映する部屋もあった

沈黙から 塩田千春展

神奈川県民ホールギャラリー(神奈川県横浜市)
2007年10月19日〜11月17日
 
著者プロフィールや、近況など。

藤田千彩(ふじたちさい)

1974年岡山県生まれ。
大学卒業後、某通信会社に勤務、社内報などを手がけていた。
美学校トンチキアートクラス修了。
現在、「ぴあ」「週刊SPA!」「美術手帖」などでアートに関する文章を執筆中。
chisaichan@hotmail.com



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