top\reviews[居心地のよい場所―5丁目44番地の脳内旅行/愛知]
居心地のよい場所―5丁目44番地の脳内旅行―
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1〜3/松井紫朗《フェッセンデンの森》(2006年)
4〜6/栗本百合子《the step》(2006年)
7/水野勝規《moisture》(2005年)
8/水野勝規《monotone》(2005年)
写真:山田亘
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見る者の内側に立ち上がる「作品」
TEXT 田中由紀子

 ある人にとって居心地のいい場所が、隣にいる人にとっても居心地がいいとは限らない。私のお気に入りの某コーヒーショップの窓際の席も、女子高生や子供連れが隣に座った途端、彼らにとっての居心地のいい場所にすり替わる。居心地のよさを多くの人と共有するのは難しいが、アートにも同じことが言える。というのは、ある人にはおもしろいと思える作品が、別の人にとってはわけのわからない代物だったり…ということが少なくないからだ。
 松井紫朗、栗本百合子、平松伸之、水野勝規による展覧会「居心地のよい場所―5丁目44番地の脳内旅行」には、展覧会といえば誰もが思い浮かべるような絵画や彫刻がまったくない。世代も表現方法も異なる4人だが、彼らが作品そのものよりむしろ、作品を見た時に鑑賞者の身体の中で起こる化学反応を重視しており、作品はそれを引き起こすためのきっかけにすぎない点で共通しているといえるだろう。
 
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9、10/平松伸之 《物語》(2006年)
写真:山田亘
 正面、内側、背後からの見え方がまったく異なり、その見え方がほかの位置からは想像できない大きなバルーン状の作品を作る松井。彼の作品の予想外の見え方はいつも私をワクワクさせるが、さらに今回はロビーにある作品を覗きこむ人の様子をバルーンの内部に映し出すことにより、作品を「見ている」私がじつはほかの人に「見られている」という逆転を体験させる。また栗本は、そこにあるはずのない階段や人が一人収まるくらいの窪みをロビーに作ったり、階段の踊り場の窓に水色やグリーンの柔らかな布を張ることをとおして、場所そのものを異化させる。変化そのものはささやかで気づきにくいが、ハッと気づいて先程通り過ぎた通路や階段を改めて見てみると、見慣れた風景がまったく新しいもの見えてくる。そして、私たちがふだん見過ごしがちな何気ない風景を捉える水野の映像作品は、彼独特のフレームで切り取られた風景の見え方のおもしろさをとおして、私たちを取り巻く世界の捉えがたさを感じさせてくれる。
 なかでも多くの鑑賞者が意表を衝かれたのは、平松の作品だろう。とくに《物語》(2006年)には、一瞬たじろいだ。「これも作品?」とドキドキしながら『タッチ』(ほかにも『美味しんぼ』や『ゴルゴ13』などがある)の単行本を開くと、すべてのフキダシ内の文字が修正テープで丁寧に消されていたのだ。しばし躊躇するも、「そういえばこんなストーリーだったな」と思い出したり、「ここは○○と言ってるにちがいない」と想像したりしながら読み進めていく。ここで私が楽しんでいるのは、セリフを消されたマンガ本ではなく、私の頭の中で展開されていく自分勝手な「物語」の方だ。作品をきっかけにさまざまなことを想像し、これまでの記憶と結びつけることによって、見る者の中に「作品」が立ち上がる。そうすると展示作品は、私たちを脳内旅行にいざなうパスポートといったところだろうか。


居心地のよい場所―5丁目44番地の脳内旅行

春日井文化フォーラム(愛知県春日井市)
2006年2月4日〜2月26日
 
著者のプロフィールや、近況など。

田中由紀子(たなかゆきこ)

編集関係の仕事をしながらコツコツ評論などを書いてます。
http://www.geocities.jp/a_rtholic/




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