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美術散歩


若手アーティストの力を結集する「VOCA展 2013」

TEXT 菅原義之




 「VOCA展 2013」が上野の森美術館で開催されている。ここ10年ほど毎年見ている。私にとっては春の訪れとともにやってくるイベントのようなものだ。VOCA展も今年で20年になった。この展覧会は、美術館学芸員、ジャーナリスト、研究者により推薦された40歳以下のアーティストによる展覧会である。時代を少しでも先取りしようと先見性のある人たちによって選ばれる意欲的な企画である。36名が選ばれ、その中からVOCA賞1名、VOCA奨励賞2名、佳作賞2名、大原美術館賞1名が決まった。ここでは受賞作品以外も含め、印象に残った作品5点を挙げてみたい。分かりやすく、面白いと思ったものを取り上げたと言っていいであろう。

平子雄一《Lost in Thought》 アクリル、カンヴァス 200.0×340.0cm>




 中でも一番注意を惹いたのは、平子雄一の《Lost in Thought》である。森の中にいろいろの世界が広がる。それぞれが独立しているのか、そうでないのか不明だが、何か物語性のあるように思える作品である。よく見るとシュルレアリスムのデペイズマンのように、あり得ない物同士の登場に驚きを感じさせる。人物の頭部が胡桃(くるみ)だったり、車のフロントガラスから木が生えていたり、家の屋根からも何本もの木が生えていたり、教会の屋根の上には鹿の角が生えているのだろうか、不思議な光景があちこちに広がる。変わった絵画である。見ているだけで面白い。しかもかなり描き込んでいるので見飽きない。色彩も素晴らしい。こんな発想ってどこから来るのか。強く惹かれる絵画だった。


大浮フぶゆき《shining mountain/climbing the world #03-01,#03-02,#03-03》モニター3台、ビデオ(HD,8分)83.0×139.0cm 64.0×107.0cm 74.0×120.0cm




 大浮フぶゆきの作品は、モニター3台を使った8分間の映像である。雪山のあちこちにスキーヤー、登山家などが見える。あまり長くないし面白いのでつい見とれる。長いのを見続け最後に分からないときほど空しく思うことはないからである。最初、かなり鮮明で素晴らしい雪山と色とりどりの人物が映るが、すぐにその風景は変貌する。山が一部溶け出す。"あれっ!"、である。そうこうするうちにスキーヤーが画面から"ストーン"と落ちる。"何だ、これは?"と。でも、現実の世界ってこんなものかもしれない。一歩間違えるとこんな場面に遭遇することっていくらでもあるだろう。絵画的に見ると初めは極めて鮮明な具象絵画だが、わずかな時間の経過で変化し最後にはまるで抽象絵画のようになってしまう。面白い発想である。


佐藤翠《Reflections of a closet》 アクリル、綿布 227.3×363.6cm




  佐藤翠の《Reflection of a closet》は、文字通りクロゼットを描いたものである。クロゼットを取り上げる発想も面白いが、この作品の特徴は描き方であろう。女性のクロゼット内は色とりどりである。写実的に描くのではなく吊るされた衣服が溶けるように、流れるように描かれ、色彩の朦朧としたラインが画面の多くを占める。その上、床に敷かれたカーペットも同様に表現され、見るからに抽象絵画とも思えるような描き方である。以前オペラシティ・アートギャラリーで初めて見たときにクロゼットやカーペットを取り上げる発想の面白さとその描き方に興味を持ったが、今回さらにその感を強くした。

北城貴子《Saturation 8》 油彩、カンヴァス 162.0×130.0cm


 
北城貴子の作品は、《Saturation 8》、《Saturation 9》である。前者は、雪の積もった森の中で間近にある木々を描いたものであろう。木々の太い幹と雪の積もった枝葉だけに焦点を当てて描いている。寒さに耐える幹の力強さと積もった雪を支える枝の美しさとが調和して見事な森の風景を切り取っている。写実的に描かれてはいるが、それは奇麗な景色を描いた風景画ではない。目の前にある木々そのものだけを描いているからである。じっと見ているとなぜか抽象絵画のようにも思えるから不思議である。ここに惹かれるのかもしれない。後者は、やはり雪が積もっているのだろうか、そこに日が当たって光っているのだろうか。より明るい表現で描かれている。より抽象絵画のようでもある。


吉田晋之介《雨》 油彩、カンヴァス 250.0×400.0cm
 

 吉田晋之介
の作品は、《雨》。見た瞬間迫力と色彩の素晴らしさに感動した。何が描かれているのか瞬間分からな かったが、よく見ると東日本大震災の心象を取り込み制作したようだ。タイトルは《雨》である。空の色はグレーと黒、前を流れる水だろうか、その色の恐ろしいほどの暗さは、見るものを恐ろしい世界へ連れ去るかのようである。ただこの作品の魅力は、暗い中のあちこちに見られるブルーが画面を一層輝かせていることである。色彩の魅力ってこんなところにあるのかもしれない、と思う。震災をイメージさせるこの絵画は、迫力と色彩表現は素晴らしいが、もしそうであれば、2013年のVOCA展にはややタイムラグがあるように感じた。

 多くの作品を見ている中で見た瞬間いいと思う作品ってあるものである。今回はそれだけを取り上げてみた。その後いろいろコメントを見たり、説明を聞いたりして初めて素晴らしさに気づくものもある。あとになって発想の素晴らしさに驚きを感ずることもある。コンセプチュアルな度合いがより強い作品などそうであろう。例えば、以前、エルメスのアートギャラリーで見たライアン・ガンダーの作品などは、分かりにくいが、ちょっとした説明を聞くとその面白さ、発想の素晴らしさに驚く。これらも見逃せない大事なものであり、今回それは入っていない。もう少し詳細に見ると発見があるかもしれない。若いアーティストの今後の発展を期したいものである。

 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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